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懐かしい映像で振り返る佐賀~有田焼400年の歩み編~
懐かしい映像で振り返る佐賀。今回は佐賀を代表する伝統工芸・有田焼の歩みをご紹介します。
有田焼の誕生
17世紀、陶祖・李参平が発見し日本で最初に陶石が発掘されたといわれている有田町の泉山磁石場。 ここで採掘された石は焼き物の原料として切り出され、日本で初めての磁器が誕生しました。
有田陶器市の始まり
毎年5月に開催され今年で117回目を迎える有田陶器市。 1898年・明治29年焼き物の品評会という形で始まりました。 他の産地の追い上げが厳しく、多くの作品を見て、商品開発につなげようというのが狙いでした。
1915年・大正4年以降は、蔵に眠っているセット割れの商品などを並べて、大売出しをするようになります。 戦時中7年間中断したものの、昭和23年に再開。 戦後の復興期から高度成長期と消費が拡大していくにつれ、賑わいを増し、商売や行楽の色合いが濃くなっていきます。 2003年の100回目以降は毎年来場者が100万人を超え有田を代表するイベントとなっています。
2人の人間国宝
佐賀県ではいわゆる人間国宝に3人が認定されていてそのうち2人が陶芸家です。
1995年に認定された白磁の井上萬二さんは、当時「全然考えてもいなかったしびっくりしたのと、身に余るような気持ちでどうとっていいか心の中では震えるような気がした。ただ昔の単純な形ではなく現代に即応した形、自分の技術の基礎のもとに新しい造形の美を展開し、開いていけたらと思うしそれを目標にしている。」と語っていました。
1995年に認定された白磁の井上萬二さんは、当時「全然考えてもいなかったしびっくりしたのと、身に余るような気持ちでどうとっていいか心の中では震えるような気がした。ただ昔の単純な形ではなく現代に即応した形、自分の技術の基礎のもとに新しい造形の美を展開し、開いていけたらと思うしそれを目標にしている。」と語っていました。
2014年に認定された14代今泉今右衛門さん。 人間国宝・工芸技術部門では全国で最も若い57歳です。
今右衛門さんは当時「有田の400年の職人の今一つの代表としてこの認定をいただくという気持ちでお受けした次第なので、そういう気持ちをもって仕事を積み重ねていきながら歴史というものに感謝しながら作っていければと思っております」と話していました。
今右衛門さんは当時「有田の400年の職人の今一つの代表としてこの認定をいただくという気持ちでお受けした次第なので、そういう気持ちをもって仕事を積み重ねていきながら歴史というものに感謝しながら作っていければと思っております」と話していました。
令和天皇・皇后両陛下も視察
1996年には皇太子時代の天皇陛下と雅子さまが世界炎の博覧会の会場を視察されました。 九州陶磁文化館では当時の館長から説明を受け、世界各国から集められた陶磁器の名品を1点1点身を乗り出すようにして熱心に御覧になっていました。
今後の有田焼の発展
県によりますと、2018年の有田の陶磁器の売上高は約35億4万円。 過去最高だった1991年の約249億円の7分の1近くと激減しています。 400年を超える歴史を持つ有田焼が令和の時代にどう発展していくか、期待が寄せられます。
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