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「納所地区の日常を後世に」 水彩画で遺した風景 地元公民館が“発掘”展【佐賀県唐津市肥前町】
2022/07/14 (木) 19:35

現在の唐津市肥前町で、地元の風景や日常の絵を描き続けた男性がいます。「ふるさとの様子を残したい」という思いが詰まった作品は、男性が亡くなって16年が過ぎた今でも多くの人の心を動かしています。
【来場者】
「なんか絵がいい。ノスタルジックですごく素敵」
【来場者】
「昔はこんな時代があったんだなと見ていた」
素朴で愛らしく日本の原風景を垣間見るような作品。
今年5月、唐津市の旧唐津銀行で開かれた展示会、そこに並んでいたのは100点あまりの水彩画の数々絵を描いたのは井上明義さんです。
【井上明義さん(当時73歳)】
「これこそ何も考えない。純真なもの」
1922年・大正11年に生まれ東松浦郡入野村、現在の唐津市肥前町納所で育った井上さん。
大工をなりわいとしながら昭和初期からのふるさとの様子を2006年、83歳で亡くなるまでの約20年間水彩画で描き続けました。
【井上明義さん(当時79歳)】
「昔のことはもちろん知らないでしょ?なんとか描いて、彼らに残してあげようかなと思って」
きっかけは若くして故郷を離れた子供たちへの思いから。
自分の少年時代の記憶と母の思い出話を重ね合わせながら絵に残したといいます。ではどうして井上さんが亡くなって16年が経った今年、展示会が開かれたのでしょうか?
【肥前公民館 岩本未央子館長】
「仕事用のパソコンを見ていたら、絵画というのが出てきて、井上明義さんの絵画集というのが。それを開けてみたらPDFになった作品がたくさん出てきた」
そう話すのは唐津市肥前町にある肥前公民館・館長の岩本未央子さん。
展示会の実行委員長も務めました。
【肥前公民館 岩本未央子館長】
「もう、ビックリした。こんな絵を描く人が肥前町にいらっしゃったんだと」
岩本さんが作品と出会ったのは2、3年ほど前。
話を聞いていくと当時の役場職員が作品に惚れ込みデータを保存していたほか、生前の井上さんに頼み込んで寄贈してもらった作品が今も市の施設に保管されていることを知りました。
【肥前公民館 岩本未央子館長】
「その当時の職員さんたちが文化的な遺産ということを思っていたんじゃないか。残してくれたから見つかった」
そして今年5月念願の原画を展示できることになりました。
井上さんの水彩画は、自らが育ったまちの独特の風習や日常などを細かく描写するほか、なかには文字が書かれたユーモアたっぷりの作品も。
【肥前公民館 岩本未央子館長】
「赤字の解説が書いてある、本人が書かれた。ただ納所言葉を書いたのではなく、これはこういうことだと記録的に残そうという本人の意志があったのかな」
また、今も残っている風景もありました。
さらに展示会にはこんな人の姿も。
【井上さんの親戚】
「うちのお父さんがおいっこ。小学校のときは週1くらい家に行っていた。作業をしている横で自分は勝手に絵を描いていた」
こんなにたくさん作品があったことに驚き、初めて見る作品もあったといいます。
Qこの絵のモデル?
【井上さんの親戚】
「かもしれない。51年前に納所に嫁いできたときにこれ(釜蓋かぶせ)やってもらった。この人、自分じゃないかな。明義さん本人じゃないかな」
作品に自分の姿を重ね合わせる人もいました。
【来場者】
「うれしい。唐津にこんな素晴らしい作品が残っているのが。本当に伝えていきたい」
作品展を通して懐かしさだけでなく、残していきたい。伝えていきたい。
そんな思いが見た人の心に刻まれました。
【肥前公民館 岩本未央子館長】
「その当時の人にとっては同じ時代を生きた素晴らしい絵。子供たちにとってはこのような時代があったというものになる。だから遺産かな」
豊かな自然を縁側で感じながら筆を走らせたという井上さん。
生誕100年の今年、多くの人の思いがつながり、作品は肥前町の遺産として後世に伝えられていきます。
【来場者】
「なんか絵がいい。ノスタルジックですごく素敵」
【来場者】
「昔はこんな時代があったんだなと見ていた」
素朴で愛らしく日本の原風景を垣間見るような作品。
今年5月、唐津市の旧唐津銀行で開かれた展示会、そこに並んでいたのは100点あまりの水彩画の数々絵を描いたのは井上明義さんです。
【井上明義さん(当時73歳)】
「これこそ何も考えない。純真なもの」
1922年・大正11年に生まれ東松浦郡入野村、現在の唐津市肥前町納所で育った井上さん。
大工をなりわいとしながら昭和初期からのふるさとの様子を2006年、83歳で亡くなるまでの約20年間水彩画で描き続けました。
【井上明義さん(当時79歳)】
「昔のことはもちろん知らないでしょ?なんとか描いて、彼らに残してあげようかなと思って」
きっかけは若くして故郷を離れた子供たちへの思いから。
自分の少年時代の記憶と母の思い出話を重ね合わせながら絵に残したといいます。ではどうして井上さんが亡くなって16年が経った今年、展示会が開かれたのでしょうか?
【肥前公民館 岩本未央子館長】
「仕事用のパソコンを見ていたら、絵画というのが出てきて、井上明義さんの絵画集というのが。それを開けてみたらPDFになった作品がたくさん出てきた」
そう話すのは唐津市肥前町にある肥前公民館・館長の岩本未央子さん。
展示会の実行委員長も務めました。
【肥前公民館 岩本未央子館長】
「もう、ビックリした。こんな絵を描く人が肥前町にいらっしゃったんだと」
岩本さんが作品と出会ったのは2、3年ほど前。
話を聞いていくと当時の役場職員が作品に惚れ込みデータを保存していたほか、生前の井上さんに頼み込んで寄贈してもらった作品が今も市の施設に保管されていることを知りました。
【肥前公民館 岩本未央子館長】
「その当時の職員さんたちが文化的な遺産ということを思っていたんじゃないか。残してくれたから見つかった」
そして今年5月念願の原画を展示できることになりました。
井上さんの水彩画は、自らが育ったまちの独特の風習や日常などを細かく描写するほか、なかには文字が書かれたユーモアたっぷりの作品も。
【肥前公民館 岩本未央子館長】
「赤字の解説が書いてある、本人が書かれた。ただ納所言葉を書いたのではなく、これはこういうことだと記録的に残そうという本人の意志があったのかな」
また、今も残っている風景もありました。
さらに展示会にはこんな人の姿も。
【井上さんの親戚】
「うちのお父さんがおいっこ。小学校のときは週1くらい家に行っていた。作業をしている横で自分は勝手に絵を描いていた」
こんなにたくさん作品があったことに驚き、初めて見る作品もあったといいます。
Qこの絵のモデル?
【井上さんの親戚】
「かもしれない。51年前に納所に嫁いできたときにこれ(釜蓋かぶせ)やってもらった。この人、自分じゃないかな。明義さん本人じゃないかな」
作品に自分の姿を重ね合わせる人もいました。
【来場者】
「うれしい。唐津にこんな素晴らしい作品が残っているのが。本当に伝えていきたい」
作品展を通して懐かしさだけでなく、残していきたい。伝えていきたい。
そんな思いが見た人の心に刻まれました。
【肥前公民館 岩本未央子館長】
「その当時の人にとっては同じ時代を生きた素晴らしい絵。子供たちにとってはこのような時代があったというものになる。だから遺産かな」
豊かな自然を縁側で感じながら筆を走らせたという井上さん。
生誕100年の今年、多くの人の思いがつながり、作品は肥前町の遺産として後世に伝えられていきます。
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